パーキンソンを患っている70代後半女性のKさんは、施設の中を歩行器を押しながら頑張って歩いています。Kさんは、先生これ飲みながらやってくださいよ、と私に缶コーヒーを差し出しました。歩行器でやっと歩いてくるのに、施設内の自販機でわざわざ私に缶コーヒーを2本買って差し入れてくれたのです。Kさんはその日カットの定期日を知らなかったとかで、急遽一番最後にカットする事になり私に申し訳なさそうに、缶コーヒーと一緒に現れたのでした。私はKさんのお気遣いに大変恐縮しながらも、ありがたく頂きました。Kさんはとてもきさくな方でカラオケが大好きです。施設でのカラオケ教室が何よりも楽しみだそうです。私が十八番は何ですか?と聞くと吉幾三と鳥羽一郎だよ、あたしの低くてこのがらがら声にぴったりなんだよ、と笑いながら言ったのです。Kさんは居酒屋を12、3年ほど一人でしていたそうで、店ではお客さんに歌って聞かせてとても喜んで頂いそうです。Kさんは病気になって施設に入所していますが、そんなことよりももっと辛いことがあったんだよ、と私に話してくれました。それは最愛の息子さんのお嫁さんが40代の若さで癌で亡くなってしまった事でした。息子さんは癌であることを知っていながら結婚したそうです。彼女が亡くなってからの息子さんの様相は驚くほど痩せこけ変わり果ててしまったそうです。Kさんは普段は施設でも周りの利用者さんが集まってくるほど明るくて人気者ですが、苦しい胸のうちを他の人に気付かれる事なく明るく振るまっているのでした。お嫁さんは無念にも亡くなってしまいましたが、素敵な旦那様と御姑さんときっと幸せな時間を過ごされたに違いないと思いました。私はお嫁さんのご冥福と、Kさんのご健康と息子さんが立ち直ってまた幸せを掴めますように祈っています。