病気で両目の視力を失っている80代のその女性はパーキンソンも患っているせいか、周囲の方とあまりお話などせずに孤立している感じの方でした。そこの施設でのカットの順番が最後になり、いよいよその方の番になりました。職員さんがお声かけを何度もしましたが、テーブルに突っ伏して、切らないイヤだの一点張りでした。私は切りません!そんなアホカットは嫌だ、と。すると職員さんが、床屋さん変わったから大丈夫よ、水戸からわざわざ来てくれてるのよ、と私の事を話してくれました。以前よっぽど嫌な思いをしたのでしょう、その思いがずっと心に残っているご様子でした。私は今日最後のお客様で時間に余裕もあったのでゆっくりと説得しようと思いました。
櫛で後ろ髪をとかしながら、Aさんずいぶん伸びていますよ、これから暑くなってあせもにもなるので、後ろだけでもちょっと揃えませんか?というと、いいです!私は伸ばして結いますから、と。私はAさんの背中を優しくさすりながら、少し前に一度切らせて頂いたんですが、忘れてしまいましたか?今日はダメですか?というと、自分で切りに行くからいいです!すると職員さんが、自分では行けないでしょう?と困り顔。私は、そうですか、、、残念です、今日はご縁がなかったんですねー、というと、そうです、と。私は、Aさんわかりました、ではまた来ますね、次はいつなら大丈夫ですか?というと、Aさんは少し黙って、切ってもまた伸びるから、いいですよ、と。えっ??、、Aさんは気持ちが落ち着いて考えが変わったのか、急に承諾して下さいました。私は、Aさんありがとうございます!宜しくお願いします。と言ってカットを始めました。私はいつもよりゆっくりと時間をかけてそして黙ってカットをしていました。カットが半分くらい終わる頃にAさんが、先生はお上手ですね、ハサミの回数と髪の落ちる音が一緒ですね、と言ったのです。私はどういう意味なのか分かりませんでしたが、Aさんは盲目の中でハサミの音から私の仕事を感じとってくださったのでした。私は、ありがとうございます、と返した後から、普通に世間話を始めました。するとAさんはいろんな事を話してくださったのです。私が声を出して笑ってしまうようなユーモラスなお話も。カットが終わって挨拶を交わすとAさんはご自分の席に帰って、そこのテーブルの方達に、お騒がせしました、と一礼していました。あんなにかたくなにカットを拒んでいたAさんと、また縁をつなぐ事ができました。嬉しかったなぁ。